2011年5月26日木曜日

年末旅行 その3

Roswellは、UFOが墜落した場所として知られています。(真偽のほどはわかりませんが。。。)
それに因んでなのかUFO Museumがあったので立ち寄ってみました。

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街の至る所に宇宙人が!!

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このマクドナルドは宇宙船を模しているのでしょうか!?

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遊び心のある小さな街でした。

2時頃ロズウェルを後にし、ホワイトサンズ国定公園へ向かいました。

2011年5月25日水曜日

年末旅行 その2

カールスバッド洞窟群国立公園へ。

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事前予約が必用なKings Palace Tourは、気付いた時にはいっぱいで申し込めず。。。
ということで、予約が不必要なNatural Entrance Routeから83階建てのビルと同じ程の高度を一挙に下り、Big Roomを巡り、エレベーターで地上に戻りました。
所要時間は2時間半程でしたでしょうか?これでもかなり駆け足で見学しました。

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夏の夕方、洞窟内から飛翔するコウモリをここで見学できるようです。

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地上を約300m歩くとようやく洞窟の入り口が見えてきます。

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洞窟内はスイッチバックの急坂が続いています。

三脚を持ってなかったので手ぶれしてしまって、残念ながらライトアップされていたメジャーな鍾乳石しかまともに撮影できませんでした。でも地底に広がる不思議な世界を十分目に焼き付けてこれたと思います。

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地下には売店まであり、なかなか興味深い公園でした。

本日の宿があるRoswellへ移動します。

2011年5月13日金曜日

年末旅行 その1

今更ですが、記録として残しておきたいので、年末に行ったカールスバッド洞窟群国立公園とホワイトサンズ国定公園について書きます。

クリスマス当日出発。
朝4時に家を出て、6時SFO発の飛行機でコロラド州デンバーを経由してテキサス州のエルパソへ飛ぶ予定でした。
が。。。最初から問題勃発。SFOで機体のトラブルが発生してこの飛行機は飛ばせないので降りるようにと言われてしまいました。

新しい機材で再び飛び立ったのは10時近かったです。
お昼にはデンバーに到着しましたが、そこから乗り継ぎがうまくいかずまさかの4時間待ち。。デンバーからエルパソへは一日2便しか飛んでいなくて、それが朝と夕方だったのです。
予定では夕方にはカールスバッド国立公園へ到着のはずだったのですが、その時間にようやく飛行機が飛び立つという有様。出ばなをくじかれました。

本日2つ目のトラブル。
それは道に迷った事。
GPSを持参していったにも関わらずですよ〜。
ナビは時に変な道を指定するんですね。
間違えようもないような一本道のはずなのに、なぜかナビが横道を指定したので、そちらの方が近道なのかと思いナビに従いました。
途中から道路が未舗装になるし、真っ暗闇で車は一台も走っておらず段々と怖くなってきました。それなのに夫はひたすらナビに従おうとするし。。。
10分位走ったかな?牛が目の前に現われ道を塞ぎました。これ以上進めないし、引き返せってことだと思うと主張して、元来た道を戻る事にしました。これがまたわからなくて。。。このまま人っ子一人いない場所で野宿か!?と思ったけど、ようやくリカバー出来て、10時頃なんとか無事に宿に到着できました。

こんな時間なのでルームサービスもなく近くにレストランもないので、持参したカップラーメンで済ませました。

2011年4月22日金曜日

第2回 インド料理会

今回はもう一人の日本人クラスメートと一緒に、前回と同じインド人R君の家にお邪魔しました。

今回いただいたお料理はとても辛く、私はお腹を壊してしまい、夜中もずっと唸っていました^^;
お味は良かったんですけどね。
二人で火を噴きながら食べていたんですが、R君は涼しい顔して食べていました。
友人がこれはnormalな辛さなのか?と聞いたら、毎日食べているから辛いとは感じないと言っていました。恐るべしインド人の舌。。。

今回もまずはスナックから。

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左からPotato Pakoda
Gram Flourと水を混ぜ、じゃがいもと玉ねぎを入れる。
ガラムマサラ、塩、グリーンチリを入れる。
クミンとコリアンダーは全部混ぜ後に入れる。
マスタードオイルで揚げる。

Kaju Katli
インドではメジャーなんでしょうかね。食感は柔らかい甘いお菓子でした。


続いてお食事です。この時点で既に4時過ぎ。ランチと言うよりもむしろディナーです。

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一番辛かったのは、左写真の一番左のお料理
Fresh Fenugreek Leaves&Potatoの炒め物

その隣がレッドピグニービーンズのカレー


自家製ヨーグルト(かなり
酸っぱかったです)

Salty Rice

玉ねぎとクミンを
ギーで炒め、塩を入れる。バスマティライス(細長いお米)1に対して水を2入れる。洗ったお米を入れる。

右写真のお料理名は。。。忘れました。

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ChapatiがいいかPani Pooriがいいかと聞かれましたが、カロリーが気になったので、今回も揚げずに出来るチャパティをリクエストしました。
右は最後にいただいたRasmalai
こちらも甘かったです。

数週間後、学校の休み時間に廊下を通りかかったら、彼がサリーを纏ったご夫人達に囲まれているのをみました。一人のご夫人が私をみるなりハグしてきてびっくり!どこかでみたことあるな〜と思っていたのですが、彼のお母様でした。(いつもぼーっとしている私はすぐに気付きませんでした)
私に「Come Come!」と何度も言ってきて、それが家に遊びに来てという意味だということはすぐにわかりました。インドの方にそんなにフレンドリーに接して頂いた事がとても嬉しく、また遊びに行かせて頂こうと思いました♪


2011年4月18日月曜日

キムチ講習会

韓国料理を自宅で作りたくて、クラスメートの韓国人にいろいろと聞いていたら、週末にキムチを漬けるので見に来ていいよとご招待を受け、お邪魔してきました。

一晩塩漬けした白菜。7〜8株漬けたと言ってたような気がしますが。。。
そこに千切りの大根、唐辛子、にんにく、あみの塩辛を加えます。
目分量でどんどん入れていってたので、自宅で再現するのは難しそうです。

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もち粉を水で溶いたものを入れ、お砂糖をほんの少し加えます。
更にスライスしたりんごを1/4個位だったかな?入れていました。

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手が痛くなるからか、使い捨ての手袋の上にゴム手袋をして混ぜていました。
最後にグリーンオニオンを入れてできあがり♪

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使った調味料はこんな感じでした。

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この日は右写真のべトナム製fish sauceを使いました。左写真の韓国製の物の方が味が濃くなると言ってたと思います。

作業自体は30分位だったと思います。

その後に韓国風お味噌汁、玄米ご飯、漬けてから何日か経ったキムチをごちそうになりました。
韓国風お味噌汁はマイルドなお味でなかなかおいしく頂けました。キムチはやはり本格派。辛かったです。

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ちなみに彼女のご主人は中国系アメリカ人です。彼女のお宅へ一緒に行った韓国人の奥様もアメリカ人だそうです。お二人とも時々は英語で話してくれたのですが、会話のほとんどは韓国語でした。当然わかりません。。。まあ普段は英語ばかり使っていて、たまには韓国語を話したいのかと思ったので、わからない韓国語をずっと聞いていました(^^;)

帰りにお庭になっていたオレンジ、ロメインレタス、漬けたばかりのキムチを大量にいただいて帰ってきました。

キムチは、2~3日外に出しておくと酸味が増しておいしいとか。
私は2日半外にだし、その後冷蔵庫に1日入れたキムチを食べました。
ちょっと酸っぱくなりすぎてしまいましたし、日本人には辛過ぎるように思いましたが、本場のキムチが食べられて貴重な体験ができました♪

2011年4月16日土曜日

おうちごはん

蒸篭を買ったので小龍包を作りました。
2度目の挑戦!
皮がもちもちし過ぎてしまい、やや重い小龍包になってしまいました。。。

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蝦餃子と韮蝦餃子、エッグカスタード。
これは一人で作った訳ではなく、友人達と3人で作りました。
お二人がとても上手に成形してくれたので、見た目も味もいい点心が出来上がりました!

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点心を作った翌日、アジアン料理にチャレンジ!
海南チキンライス、ラクサを作りました。
アサリの砂出しが間に合わず、アサリなしのラクサになったのが敗因なのか旨味が足りなかったです。。。時間かけて作ったのに。
リベンジせねば!

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2011年4月2日土曜日

3週間

この度、東日本大震災で被災された皆様に心よりお見舞い申し上げます。

この3週間、何をどうしたらいいかわからず悲嘆に暮れていましたが、元気な人まで落ち込んでいてはいけないと最近ようやく思えるようになりました。
私は全くお役にたてていませんが、今私に出来る事を精一杯やっていこうと思います。

東北ご出身で今もご親族の安否がわからない友人からこんなメールを頂きました。
焼け野原から今の日本を築いて下さった年配の方々のように、
今は一歩一歩支え合いながら復興していかなくてはいけないのだと思いますし、国内外問わず、普通に生活して頂く皆さんの一日一日が、なんらかのカタチで援助や復興の力になるのだと思います。

普通に生活できることに感謝し、今を精一杯生きていかなくてはと改めて感じました。